メンテ終了

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予定より早く終了したようですが、長い時間ご迷惑をおかけいたしました。見た目は全く変わってませんがバージョンアップされたようです。
今日は終日メンテだと思っていたので記事考えてませんでした。最近読んだ本からちょっとだけ。
「お母さんがすき、自分がすき」と言える子に―信頼されて子どもは育つ(amazon)
この本の内容云々よりも、下に挙げた1フレーズが強烈に心に残っていますのでご紹介します。

自分の家族を顧みないでやっている医療なんて偽物だ、自分の名誉欲のためにやっているだけだから

Anout us

このブログを書いている人
くま☆

薬局で働く薬剤師
「薬局のオモテとウラ」(2006~)
日経DI:熊谷信の「薬剤師的にどうでしょう」連載中(2009~)
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コメント

  1. velopapa より:

    ガーンと来ちゃいました(自身は医療はやってないですけどorz)
    医療と言う言葉を他に置き換えても同じだと思います

  2. くま☆ より:

    >velopapa様
    そのフレーズ、ちょうど医師に向けられた物でしたので「医療」となっていますが、言葉を置き換えても同じですよね。
    ガーンときたということは、何か思い当たる節がおありということですか?私は何故か涙が止まりませんでした。

  3. さつき より:

    哲学的ですね。
    「家族を顧みる」とはどういうことを言うのでしょうか。これは本当に難しい。
    心中には常に強く家族を思う気持ちがあったとしても、実際目の前に救うべき、導くべき人達が居て、家族と過ごす時間が全く作れない。
    その状況を家族が理解してくれるかどうかにより、その人の人生は全く違うものになってしまいます。
    私が心から尊敬し、今でもお付き合いさせて戴いている中学時代、高校時代の部活動の恩師達も、全く同じ状況でした。無論相手は私たち生徒でしたが。
    特に中学時代は、1年364日、朝6時から夜9時まで部活の毎日。そのほか生徒指導、進路指導、学年主任。その結果として、中学時代の恩師は離婚なさいました。今は再婚なされて、運動にも携わらず、円満な家庭を営んでおられますが。
    その先生が家族を顧みなかったかといえば、決してそのようなことはないでしょう。事実、練習に当時3歳くらいのお子さんを連れてきたことも2回ほどあったくらいで、先生なりに必死に家族を思っていたはずです。
    そういう気持ちがあってもやはり、奥様の理解は得られなかったということでしょうが。
    ですから、改めて問いたい。
    「家族を顧みる」とは何なのか?
    得てして自分が相手をこれだけ思っているという感覚と、相手にこれだけ思われているという感覚は乖離することが多いですよね。
    家族に伝わってこそ、満足させてこその「顧みる」なのか、それとも気持ちの片隅に常に留めておくという、いわば自己満足程度のことでも「顧みる」と言えるのか。
    極めて難しい問題です。

  4. ぽんた より:

    私の身近な開業医の先生も、患者さんにつくしてお年寄りの患者さんが「先生様」って拝みます。
    その人が納得するまで、20分でも30分でもしゃべっています。
    早い人は朝5時の始発のバスで来て玄関の外で待ってます。
    最近はだいぶ早くなりましたが、14時に受け付け終わって外来終わるのは6時半ぐらいです(一応5時までです、病院は)。
    10年前は、夜7時で早く、9時ぐらい終了が当たり前でした。。。。
    で、
    ご自宅は病院と別なので、こんな状況ではほとんど家にいる時間はありません。
    案の上、子供さんは少し反抗期があったようです。
    でも年を取って、最近は話をすれば少しずつわかってきたこともあるようです。
    奥様は、私だったら寂しくてつらいだろうって思いますけど、にこやかにご主人を支えていらっしゃいます。
    しかし、先生も、どんなに忙しくても、当直の日でも1回は病院へ帰られます。
    いいご夫婦で尊敬しています。
    家族の中でも思いは違うし、両方が常に同じ思いになるのは難しいですよね。
    これと同じような思いで、仕事していても、忙しくて他人のことをかまっていられないかもしれません。
    しかし、同じ薬剤師同士や事務職さんが、精神的にまいっている人いますよね。
    そんな人に少しでも暖かく接してあげられたらって思います。
    家族だけでなく、身近な人に少しずつ優しく。
    医療の原点は「癒しの心」だと思っています。
    甘いかもしれませんが、そんな思いで、共感する言葉ですね。
    それと、時間が経たないとわからないこともありますしね。

  5. 白澤 より:

    >自分の家族を顧みないでやっている医療
    自分の周りの人達、特に家族に”いのち”の事を話し続ける。
    理解を得るには、とことん話す事しかないように思えます。
    それでも、理解は出来ても自分の生活に関連するとなると否定してしまう、それも真実です。
    家族といえども人はそれぞれの”想い”で生きていますから。
    ただ、名誉欲の為にやっているんじゃないんだけどなあ。

  6. くま☆ より:

    >さつき様
    そうなんですよ、逆にじゃあ「家族を顧みる医療」ってのはあるのか、あるとしたらどんなものなのか。これを読んでからずーっと考えています。
    答えを出すのではなく、ずっと考え続けていかなければならないものなのかなとも感じています。
    >ぽんた様
    医療の原点は「癒しの心」、大切なことと思います。それから「時間が経たないとわからないこと」というのも深いですね。自分のケースに当てはめていろいろと考えてしまいます。
    >白澤様
    「家族といえども人はそれぞれの”想い”で生きていますから」という部分、納得です。やっぱり違う人間ですからね。
    それだけに「とことん話す」ことは大切なことですよね。

  7. ぽんた より:

    その時は半分馬鹿話だったんですけど、後で考えるとそうだなあ・・・って。
    忍耐の忍は、心の上に刃をのせているんですよね。とてつもなくつらいものなんですよね。

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